※サイソンブン県はラオスの中でも比較的危険とされるエリアです。渡航は自己責任でお願いします。この記事を参考にして渡航し、事件や事故に巻き込まれたとしても一切の責任は負いません。
サイソンブンとは
外務省の海外安全ホームページでラオスを調べると、地図の中で唯一オレンジ色(レベル2)になっているエリアがある。

ここはラオスで最も新しく設置されたサイソンブン県である。2006年まではサイソンブン特別区と呼ばれ、反政府武装勢力がバスの襲撃を繰り返し、軍が実質的な統治を行っていた。その後治安が安定してきたため2013年に県が設置されたが、現在でも山奥に武装勢力が潜伏しているとされる。
この地域について調べて感じたのは情報の少なさだった。アフガンやウクライナには大勢の人が行っているのにサイソンブンにはほとんど行っている人がいない。数少ない渡航者は、日本人だとラオスを専門にしている学者の方、外国人ではコアなバイク乗りの人ぐらいであった。
興味が湧いたので、実際に行ってみることにした。(2024年8月)
バスに乗るまで
Xに、サイソンブン行きのバスがヴィエンチャン南バスターミナル(という名前だが北にある)から出ているという情報があったが、前日下見に行って聞き込みをすると「北バスターミナルだ」と言われた。
ヴィエンチャン北バスターミナルに行くと、サイソンブン方面のバスがあった。


サイソンブン(県都アヌヴォン)行きが1日3本、ロンチェン行きが1日1本。ロンチェンの方がCIAの秘密飛行場跡があって面白そうなのでロンチェンへ行くことにした。値段は20万キープ(約1300円)である。
なお、前情報ではロンチェンへは軍用トラックに乗り換えとなっていたので、直通バスができていたのは良いサプライズであった。
いざ、サイソンブンへ
翌朝、バスが早発する可能性に備え6時30分に配車アプリLocaを利用しターミナルに到着。結果的には時刻表通り8時出発であった。

17番ホームに「Xaysomboun」という表記があり、県都行き・ロンチェン行き共にここに30分前ごろにやってきた。


トヨタのマイクロバスで、以前パクセーで乗ったヒュンダイよりは状態がよかった。

発車してしばらくはラオス南部へ向かう幹線道路を走るが、この道も舗装状態が良い区間と悪い区間が交互にやってきて結構揺れる。

2時間ほど走った後、いよいよこのバスの本領発揮。未舗装の赤土ダートへ突入。ぐわんぐわん揺れまくる。


そして峠を越えいよいよサイソンブン県に入る!このあたりでおばちゃん(運転手の奥さんと思われる)が運賃を回収しに来る。


峠を下りてすぐのバスターミナルで昼食休憩。春雨のような麺が、フォーのようなスープに入った料理。美味しかった。店員の女の子は外国人の私を見ても特に驚いた様子はなかった。




休憩後は丘のような低山と集落が交互にある道をひた走る。山間の素朴な村の風景が美しかった。


県都アヌヴォンは中国企業が採掘している大規模な鉱山の麓にあり、中国語が書かれたトラックが砂塵を撒き散らしながらひっきりなしに走り回っていた。あまり魅力的な街とは思えなかった。


県都を出ると道が一気に悪くなり、ゴツゴツとした岩が突き出た急斜面の砂利道になった。乗客を下ろし、ヨロヨロと必死の態でなんとか坂道を登る。

悪路を抜けたあと、村を何個か抜け、真っ暗になる寸前の18時30分ごろ、ロンチェンに到着。


スマホショップや、ライトアップされたレストランもあり予想していたよりは都会だった。
ロンチェンに2軒ある宿泊施設のうちの1つ、「NATAVANE GUESTHOUSE」へ。おばちゃんにGoogle翻訳を駆使して宿泊したい旨を伝え、なんとかチェックイン。


モーテルタイプの宿で、飾り気はないが清潔であった。1泊18万キープ。
GoogleMapにはもう一軒宿が表示されていたが、そちらは翌日見に行ったところ休業していた。そのため、ここがロンチェンで唯一の宿泊施設である。
夜、ベッドに寝転がってスマホをいじっていると、突然停電した。外を見ると街中が停電していて、ソーラー発電の街灯だけが唯一点灯しており大変不気味であった。
反政府勢力がいる地域のため、ゲリラの襲撃か!?と焦ったがもちろんそんなことはなく、遠くの方で鳴っていた雷雨のせいで停電したようだった。
結局、翌日昼ごろまで復旧しなかった。
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